これは夢

何度そう言い聞かせた?

これは現実

何度そう実感させられたか

夢の軌跡を辿りたいけど、足は動かない

足も、手も、身体も、想いも・・・



[蒼の瞳・赤の瞳]


窓から覗く月は紫色だった。

こんな色、絶対スゥにいちゃんと一緒にいた頃には

絶対見なかった。

そう思うと、ここがどこなのか、徐々に予想がついていく。

だけど、どうだっていい。

知りたくないから、そんなこと。

それよりも、今はこの状況。

意識がなくなった後、気づくと僕はさっきまで

自分がいた牢獄よりも、ずっと艶やかな部屋にいた。

精霊の光が灯っているランプ、血のような絨毯

そして、四人くらい平気で眠れそうな大きなベッド

そこに僕は横たわれていた。そして、起きたと同時に

僕が真っ先に驚いたのは、自分の格好だった。

相変わらず、手に鎖はついているんだけど

問題は服。あの男に破かれた可哀想な服ではなくて

僕が着ていたのは、薄い半透明のドレスのようなものだった

とはいえ、あまりにも薄いのでドレスというより

女性用の下着のような感じ。

しかも、僕は下になにも穿かされていない!

一体どういうつもりで、こんな格好をさせたのか、不思議でしょうがない。

ふと、横を見ると、鏡が落ちていて

それを覗いてみて、自分の姿にぎょっとした。

薄っすらとだけど、化粧がされてる!?

頬には、浅くおしろいが塗られ、唇には桜色の口紅。

目元にはスミレ色のアイシャドウが、塗られている。

あの男がなにを考えているのか、全く判らない。

一体、どういうつもりで・・・・

しかも、意識が覚醒する前から鼻につくこの匂い

甘ったるく、なんともいえないこの匂い。

なんだか落ち着かない…



「目が覚めたようだな」



 いつの間にか、あの男が部屋に入っていた。

相変わらずの嫌味な笑みを浮かべて。

靴音を響かせて、男は僕の近くに寄ってくる。

ふと、扉に目をやれば扉は開かれたままだった。



あそこから逃げられる!



 ベッドから飛び降り、扉のほうへ全力疾走した。

つもりだった・・・

だけど、僕の身体は僕の期待を裏切り、疾走することもなく

力無く床に倒れただけだった。

身体に力が入らなかった。酷い脱力感。



なに、これ?

どうして?!



男は僕の髪を掴み、顔を近づけさす。

無意識のうちに直視しないように、僕は目をそらした。

それが気に障ったのか、更に強く髪を引っ張る。



「いっ・・・」



 声が少し出てしまった。

嫌なんだ。苦痛に喘ぐのが。この男が喜ぶだけだから。

嫌なんだ・・・



「ここでもう少しお前をいたぶっていたいが、

残念ながら時間だ。さぁ、来い。」



どこへ?と、言う暇もなく。

乱暴に腕を引っ張られながら、僕は長い階段を下りて行った。

長い

長い階段を・・・





行き着いた場所は、大きな部屋だった。

スゥにいちゃんに教えてもらった、

貴族達が踊りや戯れに使うという大きな部屋。

その中に蜂の巣のようにぎっしりと詰まっている人達。

ワイングラスを片手に、僕のことを好奇な目で見ている気がする・・・

気のせいであってほしい

大きなシャンデリアが、天井にぶら下がっていた。

それに見惚れていると、ぐいと身体を引っ張られ、

真っ白なテーブルクロスをひいた、

3mはありそうな大きなテーブルの上に押し付けられてしまった。

そしてまた、あの甘ったるい匂い。

この匂いが身体をダルさせる、何もかもに身を委ねてしまいたくなる。



否!



 それだけはしてはいけない!

この男たちに屈しては、それだけは、それだけは・・・

だけど、気持ちとは裏腹に身体と心は―徐々に抵抗の意思を捨てていった。

男の嫌味な声が部屋中にこだまする。



「さぁっ、お集まりの皆さん!ここにいる少年はなんと世界から見捨てられた

異形のモノ透明人間であり、この瞳から流れる雫はなんと

蒼く美しい宝石と姿を変えるのです!是非見てみたいと思いませんか?

是非とも血を啜りたいという衝動にかられませんか?

そして・・・・」



 男は歩み寄り、僕の身体と半透明の衣に鋭い爪をたてた。

衣と皮膚は薄く破れ、身体や衣には鮮血が彩られた。



「組み敷き、陵辱したいと思いませんか?」



もう辺りが上手く見えない、聞こえるのは大きな歓声。

身体の上に誰か乗っている気がする・・・よくわからない

身体のあちこちに触れられていく、気持ち悪いのに

喉の奥から、でているのは甘い悲鳴。



だけど、僕自体は、もう、なにもオモッテイナクテ



脱力した眼は意味の無い方向を彷徨う。

全てが霧に包まれたような光景。

だけど、一つだけ僕の目にハッキリと映っていた、

それは、吸い込まれそうな程の深い深いディープブルーの色だった。













「あら、御機嫌麗しゅうございます。悠離様」

「・・・御機嫌よう。ミス.エリルナース」



 会場の壁にもたれつまらなさそうに、レッド・アイを飲んでいる

銀髪の青年に、白粉くさい婦人が声をかけた。

婦人の唇からは鋭い牙と共に、ヒルのような舌がぬめり、と覗いている。

婦人がゆっくりと、艶かしく青年の髪をすくう。



「エリルナースなんて、エリスと御呼び下さい悠離様。」




『ふん。異端児の分際で純血なんて、

図々しい

レッド・アイお前には実に相応しい飲み物だね』




 何処からともなく聞える、いや青年にだけ聞えてくる

婦人の内に秘めらし本性の囁き。

青年はやや眉をひそめながら、婦人の手を優しく己の髪から離す。

婦人は「御機嫌よう」と青年に向けて軽くウィンクをし、場を立ち去った。



―全く、不愉快だ。



青年は溜息を一つこぼしその場から、足を動かせた。

不快な気分は完璧には取り払えないが、身体を動かすことによって

気休め程度だが気分が紛れる。

しかし、青年が歩けばその周辺の者たちは皆、彼に視線を向ける。

その視線からは、尊敬・妬みのどちらかの色が滲み出ている。

主に妬みの色が濃いのだが…

 青年はこの視線が嫌いだった。

 青年はこの人ゴミが大嫌いだった。

心の奥底では、尊敬などこれっぽちもしていない

下賎(げせん)の者たちがわが身可愛さに、青年に言い寄る。

しかし、心奥底で囁いている軽蔑のこもった言葉は

外に出る前に、青年の耳に入っていく。

青年はそれが更に嫌いであり、不快だった。

足を一歩進めるたびに、その声は更に聞えてくる。

思わず舌を引っこ抜きたくなる。無論こいつ等のだ。

しかし、青年は足を止めなかった。

少しでも動いていなければ、理性を失いこいつ等を殺しそうになる。

我を忘れ歩いていく内に、会場の中央部にまで来てしまった。

不愉快のあまり、足を止めてしまう。

ここは特に嫌いな場所だ。

無抵抗な弱い者を陵辱し、無残に殺す。そんな余興を繰り返す場所。

今も、誰かがそんな目に遭っている。

耳に届く、甘く欲情に狂った悲鳴。

―この声質は、男か。しかもまだ少年。

趣味が悪いことを・・・実に馬鹿馬鹿しい。



 青年はこの場をすぐさま離れ、再び壁に寄りかかろうかと決心した。

こんな下らぬ下賎の輩と同じ場所にいるかと、思うと頭がおかしくなりそうだ。

汚らしいモノを見るように、横目であたりを見渡す。

グラスを持ち下品な笑みを浮かべる高貴な振る舞いをした貴族達。



―フッ、貴族だと?『自称・貴族』の分際で笑わせる。

 この下賎のものたちがっ! 



ここにいるのは、全て吸血鬼―但し、混血種の―

吸血鬼は元々、吸血鬼だけで種族を繁栄させた。

人間(ヒト)の血を吸っても決して、仲間になどはしなかった。

血を吸い、病に冒し殺すか、何もせずに立ち去るか。

種族を増やす時は、己の力から肉体を創るか

他の生物と同じように、子を成すだけ。

そうやって、我々は繁栄を繰り返した。

しかし、ここで愚かな輩が一族から出たのだ。

その吸血鬼は人間を我々一族に加えただけでなく

あまつさえ、その人間と契りを交わし子を成したのだ。

人間の血が混ざった吸血鬼と吸血鬼の子それが



―混血種―



その混血と言われる吸血鬼は、我々純粋なる血族とは違い。

見た目はそれほどの違いはない、鋭い牙、滴る血のように紅い瞳。

だが混血は背に蝙蝠の翼を生やしてはいない。

胸には純血の証という、紅十字の刻印もなかった。

青年はそれだけでも、気に喰わない事この上ない。

そして性格は一族の誰よりも残忍かつ非道で下衆

何故か、鏡にはその姿は映らない。

おまけに聖水・十字架・太陽の光に滅法弱く。

その上、杭で心臓を刺されると灰になる。

人間(ヒト)の愚かしい宗教的思い込みが、遺伝子を狂わせたのだろう。

我々は闇。光に怯えるように隠れ、その存在は誰にも認められない孤独なもの。



―誰もお前の存在を認めはしない!



黙れ!!!



 青年は思いつめた表情(カオ)で、頭を左右に激しく振る。

まるで、何かを振り切ろうと。

何かを必死に掻き消そうと。

しかし何かを掻き消そうとすればするほど、

脳裏に響くあの言葉。



異端児の分際で純血なんて、

図々しい

レッド・アイお前には実に相応しい飲み物だね



青年は先ほどの婦人の内なる声を思い出し、胸をムカムカさせた。

レッドアイ、紅い瞳のような色のカクテル。

―確かに私にはお似合いのカクテルだな…!

グラスに凄まじい力を込め、音も無く砕いた。

手からは、血とカクテルが床に流れ落ちていく。

手に残っているわずかな欠片が、青年の美しい顔を映し出す。

肩まで伸ばした美しい銀の髪、すらりとした鼻梁、引き締まった唇

ここにいる誰よりも鋭く尖った牙

そして目元を覆い隠す仮面の下から覗き見える―深い海のような蒼い眼…



青年はその欠片も振り払い。

再び、足を動かせた。

そんな時、ふと中央の舞台に目がいった。

そこには、青い肌の少年が虚ろな瞳でじっ、と青年の方を見ていた。

青年はその場に立ち尽くし、彼もまた少年のほうをじっと見つめた。



青年の名は、悠離(ユウリ)。

北方の古城を治めている純血の吸血鬼。










―to be continue―

色々とオリジナルキャラばかりで、失礼します。
これからもこんな感じに色々なキャラが混ざっていきます。


背景画像は「Studio Blue Moon」様より。

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