道が分かれる 決別を暗示して… 道を辿るのは道標を持たない旅人 先を知っているのは分かれた道だけであった [絶望・希望・渇望] 「貴様に話があるそれだけだ。最初の混血鬼、ドラキュラ王よ…!」 そう言い捨て悠離は一歩また一歩と業火に呑まれていく部屋を歩み進む。 進むごとに割れたステンドグラスの欠片が靴の下でカシャ…と 透明な硝子音を立てていく。 「随分と手荒な話し合いのようだな、悠離卿よ」 「ああ、今は下らない寄り集まりの場ではないからな」 悠離はお互いの襟首を絞め殺せる範囲まで彼に近寄った。 燃えさかる部屋の中で互いを睨み合い、重苦しい沈黙が再び周囲を取り囲んだ。 城内が騒がしくなっていく、部屋の内装が壊れていく。 そして、ドラキュラの司書机の傍らにある、鉄の鎧像が崩れ落ちた刹那―… 双方動きを見せた! ドラキュラはすらりと、マントの中から長剣を抜き、悠離目掛けて突いた。 しかし悠離はそれを見越したかのように、軽く剣をかわしそれを叩き折ると すぐさまドラキュラの首を鷲掴みにし、宙吊りにした。 みしみし…という骨にひびが入っていく不快音が ドラキュラの首、喉笛、そして悠離の手から響いた。 「青い肌の奴隷を覚えているだろう、先刻まで貴様らが可愛がっていたのだからなぁ!」 「これ…は、こ、れは、随分…と余裕が、御座いませんね…?」 途切れ途切れに、ドラキュラが声を発する。 不利な状況になろうとも、ドラキュラは悠離に対する、侮蔑の意は捨て去らなかった。 悠離は『チッ』と舌打ちをすると、空いた手でドラキュラの胸に腕を抉り込めた。 低い呻き声が頭上からするが、返り血は一切かからない。 それが混血の吸血鬼なのだ。 何かを探しているように、抉り込んだ手をそのまま掻きまわす。 ドラキュラの呻き声にも、悠離は少しも耳を傾けない。 反抗されては困る為か、首を掴んでいる手に更に力を込める。 不快音が更に鈍く、低い音になった。 ―人間であったら既に死んでいるだろう―しかし、そこで死ぬような存在ではない。 とはいえ、痛みを感じない訳でなく、ドラキュラの瞳から色が失われ 意識を手放しかけているのだ。 炎は部屋を覆い、どこもオレンジ色のキツイ赤に染まっていった。 悠離やドラキュラにかかる影すらも、赤く染まっていく… 早く逃げ出さねば、双方消し炭になる頃、悠離が動いた。 「見つけた…!」 そう言った瞬間に、悠離は手を引き抜き、首をへし折った手も離した。 重い音をたて、ドラキュラが地面に叩きつけられる。 引き抜かれた悠離の手には、青い石の耳飾。 そう、あの少年の−心を読んだ時悠離が見た― ドラキュラに奪われ、砕かれたはずのイヤリングがそこにあった。 「貴様がこのような品を、安々と壊すとは思っていなかったからな。 案の定、これか。あの時砕いたのは、幻覚で見せた石だろう!」 「何故…そのことを、ぐっ…キサマ、アレは私の奴隷だぞッッ!!」 ドラキュラがふらつきながら、悠離に殴りかかっていく。 しかしそんな不安定な攻撃に悠離は当然当たることなく、軽々と避けていく。 「私の?愚か者が、何をしようとあれは貴様の物にはならん。 この宝石がそれを物語っている。」 ドラキュラの腹部に重いパンチをいれる。 ドラキュラは吹っ飛び、炎に呑まれていく、炎の中でその巨体が悶えても 悠離は顔色一つ変えることなく、冷ややかな目で見下している。 「これは、貴様の城から連れ出した時に偶然拾った石だ。 装飾品のモノと違い酷くくすんだ輝きだ。」 悠離の手の中で輝く青い石。とても美しく、誰もがその輝きの虜になるであろう。 しかし、悠離が見せたもう一つの青い石はとても輝きが鈍く イヤリングの物と比べたら、正にゴミ当然の代物だ。 スゥといた頃、あの頃がどれほど幸せで満ち足りていたか、 そして、この下衆に捕らえられ、拷問や強姦を受けた今がどれほど 少年を苦しめていたか、彼の過去を知らない悠離でもその差はよく判った。 「自ら奪っておきながら、この輝きの違いに気付かなかった貴様に あいつを自分の物だと言い張るなど愚問極まりない!」 悠離はドラキュラの心臓部に、深く腕を突き刺しトドメをさした。 野獣のような悲鳴をあげ、ドラキュラの炎につつまれていた身体が 灰になり崩れ去っていく。 しかし、悠離の顔が歪んだ。手応えが無いといわんばかりに。 灰が炎に撒かれ跡形も無くなろうとした刹那、部屋の中に風が吹いた。 風に踊らされ、炎が揺らめく、風は竜巻のように天井に昇り、 その中から濁った光と声が現れた。 ―その声はドラキュラのものだった― 『悠離!覚えていろ、私は必ず貴様を殺す!! 魂の転生を繰り返し、必ずや貴様を八つ裂きにするッ この純血とも混血とも違う半端モノの吸血鬼め!!』 そう言い終えると風が再び部屋の中を吹き荒れ、炎は一瞬舞ったかと思うと。 そこには風も濁った光も声すらも無かった。 「魂の転生…それが混血の始まりだろう…」 ドラキュラは最初の混血という事で、虐げられる事も数多くあった。 しかし彼の存在はその不死性故認められ、今のようなことになっている。 悠離も幼少の頃から虐げられた所為もあり、ドラキュラになにかしらの 親近感を感じていた。 そして認められたドラキュラを少しだけ羨ましく思った。 しかし、その思いも束の間であった。 悠離は一時期ドラキュラとコンタクトをとり、色々と話しを聞いていた。 その時知ったのだ。ドラキュラが魂の転生という能力を持ち もとは純血だったというのを。 魂の転生とはその名の通り、自分の魂を次の生命に転生させる事が出来るのだ。 しかも多少の相性はあれども、それが魂の構成が未熟な胎児であればできるという。 要はその身体を乗っ取るのだ。 ドラキュラは純血の頃、人間と吸血鬼の混血児をつくればどうなるか 興味があった。しかし、それがとてつもない禁忌であり、重い十字架を 背負わす事になるのは目に見えていた。 下手をすると、どういう存在になるか確かめる前に自害される可能性もある。 それでは意味が無いと思い。ドラキュラは命を絶ち、胎児に転生し 自ら混血に生まれ変わったのだ。 自分を愛してくれた。と、騙された女は夫の形見として、胎児を育て 生まれ変わったドラキュラに、腹を切り裂かれ死んでしまった。 その事を聞かされたときから、悠離はドラキュラに殺意を抱いた。 しかし、それはまだ行動に移すほどではなかった。 行動するほどに、確かな殺意が芽生えたのは、あの青い肌の少年。 彼の涙に、彼の悲鳴に、悠離は動かされたのだ。 「ドラキュラ、現われるのであれば、いつでも来るがいい。 次こそは二度と転生の出来ぬよう、消滅させてくれる!」 赤く染まった部屋が、崩壊音を立てながら崩れていく。 悠離はイヤリングを落とさぬよう、大切に握りしめながら飛び去っていった。 : : 「ってぇ…」 後頭部から激しい痛みがする。頭がガンガンと音を立てている。 眩暈と同時に吐き気がする。痛みのする箇所に手を当てれば、ヌルっとした 舐めたくなる独特の匂いと感触。 ―血だ― 「うェ、さいアく…」 どうも呂律がしっかりしていない、まだ呆けているようだ。 とはいえ、状況が把握できていないほど呆けているワケでもない。 この湿気臭い地下室独特の匂い、壁にかかっている鉄枷と骸骨。 壁に薄っすら残っている赤茶けた染み。 間違いなく牢屋又は拷問部屋。そして俺を殴ったふざけたヤツは俺をここにいれた。 「しゅミがワルいにもほどがあルぜ…」 「それそれはお褒め頂き光栄で?」 「!?」 いつの間にか、背後に男が立っていた。 赤茶色の巻き毛、漆黒の貴族、赤い羽、口元に見え隠れする鋭い牙。 化け物―敵―なのは明白だった。 痛む脳などお構いなしに、素早く男から離れ構えをとる。 「テメェか、俺をこんなトコロにいれたのは」 やっと呂律がまともになってきた、遅い。 「ああ。悪く思うなよ。恨むなら俺の元親友と自分の肌の色を恨みな?」 瞬く間に、視界が熱く染まった。鼓動が早くなる。 今。今この男はなんと言った? 肌。 肌の色。だと…? 「テメェが、テメェがアイツを連れて行ったのか!俺の大切な…!」 ここで、一瞬詰まった。弟と言うのに抵抗が出来た。 違う。本当は、俺は…。本当は…! その隙をつかれ、腹部を力いっぱい蹴られた。 骸骨のぶら下がった石積みの壁に、思い切り飛び込んでしまった。 ―骸骨に求愛する趣味はねぇ。 「やれやれ、キサマもあの奴隷の知り合いか?ヤケに顔の知れている奴隷だな。 まぁ、あんな男のクセにスキモノな身体をしていたら、放って置く訳にも いかんだろうが…っっ!!」 気がついたら赤茶髪のタレ目男は、呻き声をあげながら地にうずくまっていた。 どうやら俺がそうさせたらしいのだが、全く記憶がない。 この男の台詞を聞いてから、目の前が真っ赤になって、俺は飛び出していた。 嫌な考えほどよくあたる。 そんな目に遭っているんじゃないかと。ずっと不安だった。 そしてそれは、的中した。 巻き毛な髪を掴む、無理矢理顔を上げさせ、このムカツク面を 力いっぱいに膝で蹴り上げた。血を噴出しながら男は次に仰向けに倒れた。 今どんな顔をしているか、鏡がないので判らないが、アイツに見せられる顔じゃない。 それだけは自信ある。 倒れた男の胸倉を掴みもう一発殴ってやろうとしたら、猛獣のような勢いで 顔を掴まれ、そのまま石の地面に叩きつけられた。 「ぐっ…あ!!」 ようやく声があがった時には、鼻や口からの出血で顔中血塗れだった。 水滴が零れるように、地面に赤い丸染みができていく。 間髪いれずに髪を掴み上げられ、もう一度腹部を蹴られる。 嫌な音がしたのは、言うまでも無い。 咳き込むと血痰が吐き出された―鉄の匂いと味が、気持ち悪ぃ。 「いい気になるな小僧。お前が何故ここに連れ込まれたか判るか? 俺の元親友がな、大事な奴隷を逃してしまったんだよ。 あんな貴重な肌の色したいい玩具を。アイツは何を考えてるのか見当がつかん…。 お前は、つまり代わりなのさ、あの奴隷のな。」 「グレイ様、コイツが次の余興相手ですか?」 「ああ、まぁ、あの奴隷と比べたら色気は全く無いが。いい玩具にはなりそうだろう?」 「あとで、ドラキュラ様にも報告しましょうか?」 「そうだな、悠離のせいでドラキュラ様も大層困っていると思うからな。」 いつの間にか、雑魚顔の奴らが二人。この男―グレイと呼ばれていたな―を 囲んでいた。雑魚顔の奴らも俺を気色の悪い目で見ながら笑っていやがる。 この目は蛙−間違いなくヒキガエルを、思い出してムカついてくる。 「玩具…ねぇ?ハッ、俺みたいな男にナニかして楽しい訳? ひょっとしてお前ら変態か?」 そう言い終えたと同時に、火を噴く喧しい音と右肩に激しい熱痛を感じた。 「っ…あぐ…!」 肩から抉られたような痛みと、火傷のような感じがじわじわと神経を痛みつける。 横目で見ると穴があき、そこから煙と血が溢れている。 なんで、煙…? ヒキガエルの一人を見ると、見たこともない黒筒を構えている。 黒筒の先からは細い煙が出ている。 訳がわからねぇ。なんだよ、あの黒筒…ただ、見るからに武器というのだけは判った。 痛みに歯を喰いしばっていると、また火の吹く重い音が聞え 太腿の部分にもその痛みが撃ちこまれた。 必死に歯を喰いしばるけど、ヤベェ、これマジに痛ぇぞ… こんなところで死にたくねぇっ。俺は、まだアイツに逢っていないっ! 「口を慎め。グレイ様になんて不躾な言葉を。」 「少し自分の立場を判らせた方がいいようだな。おい、お前達。」 グレイが掴んでいた髪を離したかと思うと。 すかさず雑魚の二人が、俺の腕を掴み頭を押さえつけ、地面すれすれにまで跪かせた。 後ろ首には、さっきの黒筒の固い感触。思い切り至近距離だ。 頭を無理矢理あげようとでもすれば、あっという間に…だ。 目に映るのはグレイの足元。 畜生っ、こんな格好、屈辱的にも程がある…!! あまりの屈辱に顔を歪めていると、遥か頭上から、 グレイの声が聞え、俺はその台詞に目を見開いた。 目の前には黒光りする、気持ちの悪いほどてかった革靴。 「舐めろ。」 あまりの衝撃に視界が歪んだ。 |
―to be continue― |
スマイルのいない話になってしまいました。 殴ったり蹴ったりの暴力シーンは創作では好きなので、 もう少し書きたかったのですがあんまりすると死んでしまいますので…; スゥ好きの方には申し訳ない話になってしまったかも…。 +BACK+NEXT+ +CLOSE+ |