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死にたい 死にたい! 死にたい!! 死にたい!!! ―…死にたく、ない… [―暗闇―] ドクン―ドクン―ドクン―… 規則正しいのか、不規則なのか判別できない心音が部屋中に鳴り響く。 少年の横たわるベッドの白いシーツは、赤い紅い色に塗り替えられていく。 最初に感じたのは、バァン!っていう音。 音と認識する前に、腹部に強烈な異物感を感じた。 まるですり潰し機で身を潰された感じがし、 それが熱となり痛みになろうとした時に、もう一度同じ感じが胸に来た。 目は大きく見開き、身体全体の神経は麻痺を起こした。 しかし、麻痺は一瞬に解かれ次に襲ってくるのは強烈な痛みと熱。 身はイモムシのようにその場を這うように動く。 口が限界まで開いても、そこから声はでない 本気で“死”を実感した。 絶対に助からない! 身体に熱のような痛みを感じながらも、どんどん体温が引いていく。 痛みと衝撃で脳内の全てが白く消し飛んだ。 ぬるりとした生暖かい血が身体を這って行く。 “死”が来る、“死”が訪れる。自分は“死”ぬ ずっと待ち望んでいたはずなのに… 痛みと、“死”の恐怖から涙が溢れていく 死にたくない!!!! こんな所で死にたくない!!と思った。 助かりたい!助けて欲しい!死にたくない…!!! 「…っか、たっ……け、てっ!」 絞り出した言葉は、殆ど理解不能だった。 扉の前で立ち尽くしていた赤い羽の男は、少年の苦しむ元となったと思われる 不気味に黒光する丸筒の先から昇っている煙を、フッ…と消し。 部屋を後にした。 白いベッドに血の花は止まることを知らず、咲き乱れていった。 「久し振りだな。悠離」 後ろから声をかけられ、スイッ―…と椅子ごと振り返る。 やや巻き毛の入った赤茶けた髪をした、 いささか頼り気の無いタレ目の男が立っていた。 漆黒色の貴族風なスーツを身に纏い背には血のように赤い羽はある。 名前は… 「一体何の用だ?グレイ」 「おいおい、親友に向かってそのキツイ態度は頂けないと思うのだがな?」 そう、名はグレイ―悠離と同じ純血の吸血鬼。 しかし、力はあまり強いとは言えない。 自称・人懐っこい性格といって悠離によく近づく。 悠離の親友だと、誇らしげに語っている。 しかし彼は一度も悠離に触れようとしなかった。 悠離の能力を見破るほど賢い男にも見えない。 つまりは腹の底では悠離を快く思わず、触れるのさえ我慢ならないのだろう。 本人はそれを気づかれないよう努力しているらしいが、 人の悪意に人一倍敏感な悠離はそれに当然感づいているだろう。 ので、グレイに呼び出された時は、嫌な予感がして仕方なかった。 大体場所も場所だ…ここは、あの少年をいたぶった張本人の住む城の地下酒場。 上の階ではあの異質と呼ばれた少年が、絶望に溢れた顔で横たわっているのだろう… そう考えると気分は沈む、オマケにこの阿呆面の親友気取りの男。 当然の如く、悠離の不快指数は上昇していくばかりである。 それでなくとも、ここに来る途中にも悠離は不可解な出来事に巻き込まれた。 いや、自分からその不可解な出来事を引き起こしたのだろう―… この城に来る途中、馬車にも乗らず悠離は自分自身の翼でここに向かっていた。 馬車など彼にとっては不要の品。自ら空を飛べるのにわざわざ他の通行手段を 用いるなど時間と金の無駄。 暫く飛び続け、城の近くまで来たところで地面に着地する。 ―幾ら空から訪れたとはいえ、門から入らないのは不躾にも程がある。 そして門に向かい足を動かせた時に、誰かが悠離の身体にぶつかった。 相手はバランスを崩し地面に倒れ、悠離も片膝をつく体制になった。 一体どこの不躾者かと思い、悠離は倒れている相手の腕を掴み 自分のほうへと近づけた。 「!?」 流れてくる相手の意識よりも、先に目に入ったその色に彼は 驚愕の色を隠すことが出来なかった。 きつく掴んでいた相手の腕を放してしまうほど… そして思わず口走った言葉。 「お前、いつ逃げ出したのだ…」 「!!」 そう、その相手の肌の色は、見事なまでの青色をしていたのだった。 そして相手も悠離の言葉に驚き、思わずという風に怒鳴り声をあげた。 「お前!アイツを知っているのか!!?」 アイツ その言葉を聞き、悠離は冷静に相手の姿を見た。 よく見れば全然違う。肌の色こそ同じだが、髪の色も顔も声も何もかも違う。 髪は少しくすんだ若葉色、伏せているような細めた瞳―…これは別人だ。 悠離はこの青年を、あの城に捕らえられていた少年と勘違いをした 一体どうやってあの城主から逃げ出したのかと思えば、ただの別人。 らしくもない、こんな間違いをするなんて。 しかし、悩むよりも先に悠離の脳裏に残ったのはこの青年の一言。 アイツヲ知ッテイルノカ? 確信も何もないハズなのに、悠離はこの青年が自分を あの少年と間違えたことを判っているのだ。 知っている。と言おうとしたが、悠離はそれをしなかった。 それを言ったとしても、あの少年は永遠の檻の中。 こんな薄汚れた青年には何も出来んだろう… 第一そこまで、する義理も無い。 それにこの青年があの少年の味方かどうかも判断がつかない。 そう考え、今にも噛み付いてきそうなこの青年に向かいこう一言だけ… 「いや、失礼。人違いのようだ」 「お前、まさかその人違いの相手は俺と同じ肌の色してるんじゃねぇか?」 やはり青年も、誰と間違えられたか判っている。 青年は悠離の胸倉を掴み、睨みつけている。 しかし悠離は顔色一つ変えず、青年の手を軽々と払い淡々と言い放った。 「まさか、よく考えろ。肌の色くらいで人違いを起こしていてはキリがない。 この国には様々な種族がはびこっている。 普通の肌色や灰色、褐色、緑色、いまさら青など珍しくも無い。」 その言葉に青年は一つ舌打ちをし、城とは反対の方向へと去っていった。 悠離は重い溜息をこぼし、グレイが呼んだ地下酒場へと足を進めた。 「悠離、おい悠離!」 突然耳に入った、グレイの声にハッとした。 門前で起こった事を考えて、現在(いま)に全然意識を向けてなかったのだ。 悠離は気を取り直し、グレイのほうを向いた。 「スマン、少し考え事をしていた。」 「ほぉ、お前でも考えることがあるんだな」 「―貴様に言われたくはない―フン、で用は一体なんだ」 出そうになる本音を理性で必死に押さえながら、グレイに用件を聞いた。 グレイは思い出したように、わざとらしく手をポンと置き 懐から何やら奇妙な物体を取り出した。 それは不気味に黒光している丸筒のような物体。 ちゃちな玩具にも見える。 悠離は何ともいえぬ顔をし、一応に「それは何だ?」と聞く。 グレイは待ってました!といわんばかりの笑みを浮かべ、 悠離にずいっと、近づく。 肌は触れずに。 「これは“拳銃”といい、下の世界に徐々に広まりつつある武器の一つだ。」 「…それが一体なんだ、それにあそこはまだ文明の発達が 不安定で極端だったのでは…その者達がこのようなモノを造り広めているのか?」 下の世界というのは、人間たちが住む[地球]の事。 別にメルヘン王国の下にある訳ではない、ようは卑下した言い回しなだけ。 下の世界―地球―は、まだ文明の発展が乏しいというか 悠離の言う通りに、不安定で極端なのだ。 ある地域では農業ばかりが発展し、ある地域では科学ばかりが発展している。 成長が極端すぎるのだ。 そんな世界で、このようなモノが広まっている? 悠離は不信感に溢れている眼差しで拳銃を見つめる。 グレイはそれが気に食わなかったらしく、悠離に食って掛かった。 「何だお前、その目は?さてはコレの威力を信用できんと言うのだな。 安心しろ、これは下の世界の住人が作った品ではなく 我々、吸血鬼が造り上げた品だ。威力の方は保障する」 「何だと!!?」 悠離が凄まじい怒声をあげ、勢いよく椅子から立ち上がった。 その勢いで椅子は後ろへと崩れた。テーブルの上にあった 酒の入ったグラスと酒ビンも、割れる音をたて床に散っていく。 しかし悠離は椅子の崩れる音も、瓶の割れる音にも、自分の怒声にも 関心を持たなかった。 持ったのはグレイの言った、たった一言に… 我々、吸血鬼が造り上げた品だ その一言に悠離は信じられない位に興奮し、グレイに食い掛かった。 「何を馬鹿げた事を言っている!我々は妖術すら使える吸血鬼だぞ! それをそのような玩具に頼ると言うのか?! 吸血鬼の誇りは何処へやったと言うのだ、貴様!!」 「誇り…確かに誇りは財産同様の物だ。しかしな、悠離。 お前は力が強いからそんなことを言える、純血を束ねる 王の血をひくお前の力は素晴らしい位に強力だ。 俺はそこまで力が強くない。妖術で出来ると言えば 周囲一体の昼夜を変えたり、この身を霧に変える程度だ。 身を護るための武器を持つのも、誇りの一つだと思う。 だがな、悠離。幾ら力の強いお前でもこれから先その血の力で どこまで生き延びれる?いつまでも魔術や変身能力が通用する 訳じゃないぞ。貴様はそれをわかっているのか? それにだ、我々純血は確かに純粋なる闇の力を受け継いでいるが それもこの身の血がなくなれば、一巻の終わりだ。 それにいつかは年をとり、醜い姿に変わり果て朽ちていく。 それに比べ、混血はいいぞ。心臓に杭を刺されん限り 永遠にこの姿のままだ、老いも血を流し恐怖することも無い。 永遠に生き続けられるんだ!永遠だぞ!! 貴様が醜い老人になっても、私はこの姿のままだ!! 素晴らしいと思わんか、北を治める闇の王悠離!」 気が狂ったように笑うこの男を見て、溜息も出なかった。 所詮はこの程度の者。全てを血の所為にし、己は何かに頼り 時代の先導に立っているつもりで、時代の波に押し流されていくだけの者。 しかし、それでもこの男の発言は許し難いものがある…!! 悠離は力を込め、テーブルをダン!と叩いた。 今の己の感情を現すかのように、この気が狂った男の笑い声を止めるように… テーブルはそこで真っ二つに折れ、崩れていった。 グレイも笑いを止め、冷めた眼差しで悠離を見つめた。 「誇りを捨て混血になる気か、下賎の者よ…」 「下賎は貴様のほうだ。何だその青い目は?恥晒しにも程がある。 混血がここまで増えた訳を知っているか? 異端児の貴様のせいだ!貴様が闇の王という位が皆気に食わんのさ! あんな恥晒しに仕えるくらいなら、永遠に生きる方を選ぶのさ!!」 「私には王の座など関係ない、今あるのは貴様というクズを処分することだ」 「フン、我がもの顔しているのも今の内だ。混血が造りだした この新たな武器でお前を殺してやろう。軽蔑する混血の武器に殺されるなど 実に素晴らしい、実にお前らしい死に様だよ。悠離。」 グレイがそう言い放ったと同時に轟音が酒場一帯に響き渡った。 丸筒からは火花が一瞬出たかと思えば、筒の口からは 一瞬だけ小さな物体は飛び出ていくのが見えた。 そして悠離は“銃弾”に胸を撃ち抜かれ血を流し死ぬ…― グレイはそういう演出のつもりだった。 しかし、轟音が響かなくなった時も悠離は倒れず その場に立っていた。全くの無傷で。 「馬鹿な…―!?何故!!?」 拳銃を構えたグレイの手がガタガタと震えている。 頭の中で書いた筋書きが、全然違い。動揺している。 悠離はそんなグレイを嘲け笑うように微笑し、スッ…―と右手を前に出した グレイの顔は更に動揺していた。悠離の右手の指先に握られているのは 拳銃の弾だ 悠離はアッサリとこれを、グレイの目には全く見えないスピードで 掴んだのだ。無論無傷で。 「どれほどかと思えば、所詮はこの程度か。 全く遅い武器だ。こんなモノを武器に使っても返り討ちにあうだけだな?」 そう言うと悠離はまるで木の実を弾くように、 人差し指と親指で弾ピンと弾いた。 そして、弾いた。と認識すると同時に、グレイは鈍い声をあげ 口から血を流しその場にうずくまった。 そう、弾かれた弾は目にも止まらぬ速さでグレイの胸を撃ち抜いたのだ。 「鉛玉を使ったのはいい発想だとは思う人間であればかなりの重症だろう だが、吸血鬼にはこんなもの何の害にもならん。」 悠離はまた嘲笑とも溜息とも取れる溜息をフッとこぼし グレイに止めを刺そうとした時だった。 グレイは気色の悪い笑みを浮かべ、悠離をじっと見ている。 悠離は止めを刺す手を一旦止め、グレイに冷たく問いた。 「何のつもりだ?」 「貴様…ここに、飼われている奴隷が気になるのだろう…ッ」 悠離の眉の端が少しあがったのを、グレイは見落とさなかった。 「確かにアイツは、気になるよなぁ…他の奴隷とは全く違う色気がある、 しかしな、本人は死にたがっていたようだ… 私は城主に黙ってあの奴隷を犯すつもりだった…その時丁度 あの奴隷は言った[殺してくれ!]と…!」 「!!?」 悠離の表情に動揺の色が走った。 悠離はグレイには目もくれず我を忘れたように 階段を駆け上り、窓を蹴破って赤い翼を広げ空へと走った。 空からあの少年の部屋を捜す気なのだ。 地下酒場ではグレイが狂ったように笑っていた。 そして笑いながら呟いた声が空にいる悠離には、聞えたように感じだ。 あの奴隷はもう生きてはいまい、二発もこの銃に撃たれたのだからな… : : 猛スピードで悠離は空からあの少年の部屋を捜した。 自分でも信じられない位に必死で、窓をのぞきこんでは あの青い肌がないか捜す。 汗が滲んでも拭いもせずに、悠離は少年を捜した。 この巨大な城の窓を一つ一つ覗いていく。 疲労の色が誰から見ても判るようになった時だった、嗅ぎ慣れた 独特のある匂いが悠離の鼻をついた。 これは間違いなく血の匂い。 悠離は藁にもすがる気持ちで、匂いが強くなる方へ全力で飛んだ。 城壁に羽が擦れても全く気にしなかった。 そして問題の窓を覗いた時、悠離の青い眼は大きく見開かれ 安堵の息と同時に全身の血の気がサッと引いた。 少年の青い肌が胸から真っ赤に染まっている。 白いシーツも床の絨毯のように赤い。 これだけ出血をしていれば、死―… 悠離は必死に頭を左右に振った。まだ判らない、まだ答えは出ていない。 そう自身に言い聞かせ、悠離はそっと瞳を閉じた。 悠離の身体が徐々に色を失っていく、足の先から段々と薄くなっていく 霧になっているのだ。 薄い紫色をした霧は風になびかれもせずに、少年が倒れている 部屋の窓の隙間から入っていった。 入ると同時に霧は無数の蝙蝠へと姿を変え、人の形へと集まっていく。 悠離は完全に身体が出来る前に、少年に近寄りその華奢な身体を抱き上げた。 「!?…―…遅かったかぁっ…」 少年はもう息をしていなかった。 |
―to be continue― |
自分なりのといいますか、理想の吸血鬼イメージで書いていますので こういうのもアリかなと、いう目で見ていただけたら嬉しいです。 吸血鬼編もそろそろ佳境です。 背景画像は「暗闇の坩堝」様より。 +BACK+NEXT+ +CLOSE+ |