自由になれた筈 出られた筈 やっと自分の足で歩けるようになった筈 それなのに… どうしてまた闇の中…? [羽を千切り残るのは骨の身体] 薄暗い部屋にいきなり押し込まれた。 その扱いに何の遠慮も無かった、擦れた肌がずきずきと痛みを訴える。 ガチャン、と嫌な開閉音がした。窓に鉄格子、硬い扉。 正方形の小さな部屋。理解するのは容易かった―また牢屋だ…。 歩いていると、いきなり複数の男達に取り押さえられこの部屋にいれられた。 男たちは凄い剣幕で仕切りに叫んだ… 「「化け物だ!化け物の一人だ!!」」 薄紅色の衣の端を力一杯に握りしめた。 下唇を千切れそうな程に噛み締めた、そのまま自分の肌を見つめる。 青い肌 最初は自分だって戸惑った、どう見たって普通の色じゃない。 しかしそれだってもう慣れた、兄も同じ肌の色だったし…。 前の町ではこの色を受け入れられていたので忘れていた、この色は 本来は異常なのだと…。 それでも自分は人間だと思っていた、しかし… 透明になる能力。 これは異常な能力(チカラ)。 傍から見れば自分はもう充分に化け物だろう。 辛くて仕方ない、だけど覚悟しなければ…ならない。 化け物。この言葉はこれからもずっと言われ続ける、だけど 兄には、スゥには言われたくない畏怖の念を抱いて欲しくない 彼に拒絶されるのは怖い… 「心配…してるよね…」 勝手に居なくなった―連れ去られた―のだから。 兄が自分を忘れたとは思えない、きっと今頃捜していると思う。 「スゥ兄ちゃん…ごめんネ、心配かけてごめんネ、絶対会いに行くから…っ」 溢れてくる涙を必死に押さえながら、小さな身体を丸めた。 必ず逢って伝えたい、自分のこの想いを…彼に逢えなかった寂しさを… 逢う為に何をするか、何をすれば逢う事に近くなれるか…、動くんだ。 自分の意思で、涙を流す前にまず動こうと決めたのだ。 フ…と、静かに目を閉じ、祈るように自分の身体を抱き締め 無色透明な世界を考える。すると、徐々に肌の色素が薄れ、自分の姿が消えていった。 世界は歪むような気持ち悪さは目を閉じれば辛くなかった。 ゆっくりと目を開けると、そこにはいつもの風景。 違うのは自分の姿が消えていること、 正直まだ力の制御が上手くいくかは判らない、だけどここから出る為には このチカラを恐れずに使わなければ。 扉についている小さな窓からそっと外の状況を見てみる。 廊下と僅かながら人−恐らく男―の肩が見える、見張りなのは一目瞭然。 しかし僅かに振るえている、恐ろしいのだろう化け物の見張りが…。 何度も深呼吸を繰り返した、上手くいくかは判らない。 それでも、外に出る為にやらなければ。 見張りの男に小さな声で話し掛けた。 「…あ、あのさ、こんな所にいれたって駄目だよ…僕すぐに出られるから…」 見張りの肩がビクンと上下し、慌てて中を覗いた。 男の目に映ったのは誰も居ない牢屋内、透明になっている自分は映っていない。 男は慌てて扉を開け、中に入って確認した本当にいなくなっているのかと。 その隙をついてそっと抜け出した、廊下を走りながら出口を捜す ―あの城のように―さほど広くはないようだ、他にも同じ扉がある辺り ここは刑務所なのだろうかと思う。 見張りが声をあげながら脇を走っていった。 男の後ろをついて行く、案の定外に出ることができた。 外にも複数の男達がいて、皆クワやナタに斧、身近な農作具を武器にしていた。 見張りの男の報告にギョッとしながら、その内の数人は見張りと一緒に牢屋の確認に 残りの村人は、近くに居ないかとあちこちに散らばっていった。 誰もすぐ此処にいるなんて当然気付く事は無かった。 本当は、自分はここにいるのに…。 周りを見渡すと建物が立ち並び、村というより街という印象を受けた。 姿を表すには向いていないと思い、暫くはこの姿を保たなければならない事に、 そっと溜息をつきながら、町の外に出ようと走り出した。 空はもうすぐ月と星を浮かべようとしている。 瞬く間に空は暗くなり、松明の灯と武器を持った男達の姿が街中に溢れた。 建物の裏に身を潜めながら、それでも姿を消しゆっくりと出口を捜す。 窓から心配そうに男達を見つめる、女・子供や老人の姿が見えた。 『何もしないのに…』 そう思いながら目を細めた。 少年は知らなかった。この街の近辺でドラキュラによる大量虐殺があり、 それにより人々は自分とは違う存在を過剰に嫌悪しだしたという事を。 建物を抜けていき、ふと、前をよく目を凝らしてみると門が見えた。 間違いなく外に出る為のものだ。 嬉しくなり、自然と走りも速くなる―しかし… 「あ…っ」 視界が一瞬歪んだ、空気がさっきよりもリアルに感じる。 自分の手を見つめた、元に戻っている―! 早くまた消えなければ…!しかしそれは叶わなかった。 「いたぞ!!」 もう寸での所で外という時に、少年はまた取り押さえられてしまった。 動けなくなるように何度も暴行され、口枷をされ両手足を縛られた。 街の何人かは「首を切れ!」と口々に叫んだ。 恐怖に目を見開いてしまった、首を切られてしまったら確実に死んでしまう。 大衆の中から斧を持った体格のいい男が不気味な笑みを浮かべながら、 にじり寄って来る。 恐怖に震えが止まらない、涙が一筋頬を伝った。 堪えようとしても叶わずに、幾つも幾つも流れていく。 また涙の宝石が出来上がる、遠くで「おぉ!」と何人かの歓喜の声がした。 また利用されるのかとも思ったが、大衆は欲よりも恐怖を優先した。 「やはりこいつは化け物だ!さっさと殺してしまえ!!」 「きっと“吸血鬼”よ!人の血をすって生き永えるんだわっっ」 ―吸血鬼! その言葉に最初に連想したのは悠離だが、彼は違う彼はきっとこんな 憎しみの対象にはならない、憎しみの対象になるとしたら…そう思い 浮かんだのはあの男―ドラキュラ―。あの男と同じに考えられるのは苦痛だった 自分は今あの男と同じように考えられている。 嫌だ、そんなの絶対に…―!! そんな思いに当然民衆は気付く事もなく、男は斧を振りかぶった。 首を切られる―!! 「待ってっ!」 甘く高らかな声に、ざわつきが少し静かになった。 民衆の波を掻き分けながら誰かが、自分に向かって走ってくる。 斧の男も斧を振りかざしたまま、それを見つめた。 民衆の波から飛び出たのは、栗色の綺麗な長髪をした17,8歳位の少女だった。 涙に溢れた大きな瞳に白い肌、薄い桜色の唇、引き締まった小さな顔立ち。 華奢な身体からも、ふっくらと柔らかな女性の部分。 男達は絶対に放って置かない様な、そんな美しい少女だった。 斧を振りかざした男もその少女を見つめているというよりも 見惚れているに近しいものだった。 「シュリ、お前邪魔をするのか」 斧の男は気を取り直してという風に少女―シュリに話し掛けた。 シュリはキッ…と男や少年を強く睨みつけるように、見つめながら。 「邪魔なんかしないわよ、青い肌をした生き物なんて気持ち悪い…!」 気持ち悪い。 その言葉に胸がグッと、詰まった。 そんなに気持ちが悪いのだろうか…他に何の違いがあるという訳でもないのに。 「でもよく考えて、そんな肌の吸血鬼がいるわけ無いわ、 それにそいつには牙も生えていなし、きっと吸血鬼とは違う化け物よ、 もしも首なんて切ってその屍骸から毒でも溢れてきたらどうするの! 私、体液が毒になっている化け物がいるって聞いた事があるわ。」 形の良い綺麗な唇からは、冷たい言葉が幾つも発せられた。 その言葉に何人か同意したのか、「そうだ、そうだ!」と冷やかしにもとらえる 声が幾つも聞えてくる。 そしてシュリは冷たい目をしながら、少年を見つめこう言った。 「いっそのこと生き埋めにしちゃいましょうよ。拘束したまま棺桶に詰めて 埋めちゃえばいいのよ。これなら絶対に毒なんて出せないわ。」 ぞくっと、身体が身震いした。 生き埋め…?!なんて恐ろしい事を考えるのだ。 しかしその提案に大衆から反論の声が出た。 「しかしなシュリ、そいつは何もせずに牢屋から…」 「見張りが暗示か何かをかけて騙されたのよ、きっと。 牢屋から簡単に抜け出せる化け物が、 いつまでもこんな手枷されてる訳ないじゃない!!」 熱をもった大衆は異常の塊だった。 少女のこの残酷な言葉により、少年の身体は町の墓地よりもずっと遠くに離れた。 錆びれ荒れた荒野に生き埋めにされることになった。 重い棺桶にその小さな身体を押し込め、怯えきった表情を何人かは笑いながら 何人かは目を逸らしながら、棺桶に蓋をし地中に埋めた。 上からどんどんと土が被さられていく音がする、 恐怖で叫びたくとも口枷で声が出ない。 暴れたくとも手足は不自由で、何も出来ないのがまた恐怖に繋がる。 涙が虚しく零れ落ちるだけだった、身をよじっても自由が全く得られず 脳裏に浮かぶのは、苦しみながら腐っていく自分の姿。 「―っっ!!」 開けてっ! お願いだから開けてっっ! 助けてっ助けて―…っっ!! スゥにいちゃんっっ!!! 「−っ!?」 布擦れの音と一緒に勢いよく飛び起きた。 それと同時に全身が悲鳴をあげ、スゥは呻きながら身体を丸めてしまった。 自分は助かったようだ…誰かが助けてくれたようで、ここはベッドの上で 身体中に包帯が巻かれてある。 先程飛び起きた拍子に、傷口が開いたのか、それともかなり酷いのか、 包帯は所々血に赤く染まっている。 御丁寧に右目にまで、包帯をしているようだ…あいつを怖がらせたくなくて 眼帯をしていたんだけど、あの化け物たちとの殺し合いでボロボロになっただろうな。 気にする余裕なんてなかったけど、多分そうだろう安物はこれだから…。 「凄まじい生命力だな、あの傷で生きているとは」 「お前…!?」 誰かと思えば、それはあの城の前で会った赤い羽の化け物。 冗談だろ、こいつが俺を助けたのか…。 化け物はフ…と軽く微笑みながら、俺に近づいてくる。 武器を隠し持っているようでも無いし、殺気も無い。 それでも俺は厳しい面持ちで、そいつを見据えた。 「そう構えるな、私は危害を加えるつもりはない。私の名は悠離、ここの城主だ」 「礼儀だから、一応答えてやる。俺はスゥ」 その一言で悠離の表情は変わった、やはり…な。と聞こえてきそうな。 悲しそうな、辛そうな顔。男は胸ポケットから、なにかを取り出した。 それは、あの宇宙色の宝石の耳飾…。 「お前っ、それ―!?」 悠離に掴みかかろうとしたが、呆気なくかわされ、俺はよたつきながらも ベッドからはなんとか落ちなかった。 悠離は壁際にあった椅子を、ベッドの横に置きそれに腰掛けた。 「私の知っている全てを話す。少しは落ち着け、傷口が開く」 キツイ表情を崩さないまま、俺は静かに頷いた。 やっとあいつに近づける気がしたから… 私の話をこのスゥという男は静かに頷きながら聞いていく。 途中何度も唇を噛み締めていたり、シーツを握り締めていた。 帰路の街道で血塗れで倒れていたこの男、放っておけず連れて来た。 運んでいる時何度も聞こえた、心の叫び声。 そして今この男の名を聞き、迷い無く確信した。 だから今私は全てを話す、私の知っている全てを、そして私は… 話し終えたとき、スゥは俯いたまま、私のほうを一度も見なかった。 そして枯れそうな声で話し掛けた。 「…アリガトウな…俺の大切な弟助けてくれてよ…」 「かまわん、私自身も正直あの少年に惹かれたのだからな。」 そう言いながら、私はそっとスゥの前にあのイヤリングを置いた。 少しスゥの顔はあがった。震えながらイヤリングに手を伸ばし 両の手で、しっかりとそれを握り締めた。 「ずっとお前に渡したがっていた、私からで申し訳ないがな…」 悠離は遠慮がちにそう言った、俺は人に気を遣えるほど優しくもなかった。 俺はその言葉に何も返せなかった。 イヤリングを握り締めながら、俺はずっと歯を喰いしばりながら 泣くことしかできなかった。 何も出来なかった俺 救えなかった俺 「っ…ごめんな、なにも出来ない情けない兄貴で…ごめんな…ごめん…ッ」 零れていく涙を、イヤリングは静かに受け止める。 淡く優しく輝きながら、今はイヤリングだけが彼の涙を受け止めることができた。 しばらくしてから、スゥは顔を上げた。 悠離に向かい軽く頭をさげてから、静かに言った。 「…俺はあいつを探しにいく」 「その傷でか?」 「傷なんていつか治る。俺は一刻も早くあいつを探すんだ。 抱きしめてやりたいんだ…もう独りにはさせたくないんだ…それに俺は あいつに一番大切なものを渡していないんだ…」 上擦った声を堪える様に俯き、右の手の甲で目元を強く擦ってから顔をあげた。 一番大切なもの、これが出来ずに 何故俺は、あいつの兄になると、 家族になると言ったのだろうか。 |
―to be continue― |
追われるスマイルと、悠離と出会ったスゥ 会いたい人は同じですが、すれ違ってばかりです。 背景画像は「Silverry moon light」様より +BACK+NEXT+ +CLOSE+ |