化け物じゃないんだよ? 僕はバケモノじゃないんだよ、でも バ ケ モ ノ デ ナ イ ナ ラ 僕はナニ…? [存在] 恐怖と息苦しさで、頭がクラクラしてきた。 嘔吐感が何度も訪れ、引いていくのが苦痛だった。 もう駄目かと、半ば諦めかけた時だった。ギ…とさびた音の後、 目の前がいきなり眩しくなった。思わず目を閉じてしまい、何度か 瞬きを繰り返し、顔をあげるとそこには淡くクリーム色に輝く月と あの美しい少女―シュリ―の姿だった。 即座に背筋が凍りつく、あんな残酷なことを言った少女がわざわざ ここにやってくる理由なんて考えたくもない。 シュリは身を乗り出し、少年の身体を棺桶から抱き上げようとするが 少年は怖がり、身をよじりながら後ずさっていく。 それを安心させるように、シュリは柔らかく微笑み、服が泥で汚れるのも気にせずに 自ら棺桶の中に入り、少年の身体を抱きしめ外へと引っ張り出した。 シュリは丁寧に身体中の拘束具を外していき、血や泥で汚れた部分を 布で丁寧に拭き取っていく。 あれだけ手酷く扱われていたのに、破れていない紅い衣を不思議そうに そして少し嬉しそうな表情で、しげしげと眺めながら 衣の下の肌も拭こうと、衣をゆっくりとめくる。 水に濡れた布が胸や腹に触れる感触が、嫌な記憶を少しだけ甦らせるのと 普通にくすぐったい感じで身体が少し震えてしまう、 少年はそれが少し気恥ずかしく、視線が泳いでいく。 時折ふとシュリに目をやると、彼の身体に触れるのを 戸惑い恥じらう仕草に、彼は少しだけ愛らしさを感じた。 「ごめんなさい、こんな酷い事をしてしまって…でもあの時は、 ああでもしないと 皆は収まらないだろうと思って…」 その物言いに少年にハッとした、この少女は自分を助けるつもりであんな 残酷なことを言ったのか。群集の中で見た、狂人のような顔と違い 今の少女からは、愛らしさと艶やかさが全身から溢れていた。 自然と顔が綻んでいく、やっと助けてくれる人がいると… シュリはまた柔らかく微笑み、そして彼の手をそっと握り ゆっくりと自分の胸に押し当てた。 「…!」 シュリのその行動にギョッした。 手にある感触は今まで感じたことのない、不思議な心地良さで なんとなく恥ずかしくなってしまう。 自分に向けられたシュリの潤んだ視線から逃げ出したくなって、 顔を背けようとするが逃がすまいとして、少女も顔を近くに寄せる。 シュリの顔が近づくと、自然と手と彼女の胸の距離も縮まり 更にリアルな感触が手に伝わる。 それからも逃げようと身体を逸らすものの、シュリはさらに身体を 押し付け近づき、気付くと目線の上にシュリがいて後頭部には 硬い地面が当たっていた。馬乗りにされてしまった。 押し退けて逃げようにも、相手が女性では自然と力が入らずにいて いつの間にか、シュリの顔はお互いの息が聞こえるほどまで近づいていた。 熱っぽいが吐息が耳をかすめる度に、ぞくぞくとしたモノが身体中を這っていき。 声が出そうになってしまう。 「っ…ぁ」 首筋に舌を這われ、それに思わず反応して身体がビクンと跳ねてしまう。 声を出さないように抑えたつもりが、シュリには聞こえていたようで 悪戯めいた笑顔を浮かべている。 「フフッ、可愛いわね、吸血鬼様。」 「!?」 その言葉に絶句してしまった。 吸 血 鬼 様 どこかで硝子細工の壊れるような音が聞こえた気がした。 「吸血鬼様でも首をはねられたら危ないですものね。 私、ずっと待っていたんです、いつか吸血鬼様が現れて 語り継がれる話のとおり、血を吸ってくれるのだろうと 私を、こんなつまらない町から連れ出してくれるだろうって…そう信じていました」 彼女の瞳はおとぎ話に心弾ませ、夢を見ている少女の輝きで しかし、その中には深い闇が潜んでいる気がした。 少女は嬉しそうに、上着を破り捨てた―首筋を見せる為に― 「その美しさに、そんな肌の色、絶対に吸血鬼様ですわ…」 “…ヤ…だ……” あらわになった右半分の身体は、年相応の女性のもので、とても美しかったが 少年はなにも感じられなかった。 目眩と激しい動揺だけが全てを支配した。 「私の血を吸ってください、吸血鬼様。下僕でもなんでもいいんです。さあ…」 “い…や…だ……” 口元に白い首筋を摺り寄せられる。 「さぁ、吸血鬼様…」 「っ…イヤだっっー!!!」 叫びながら、力任せに少女の身体を突き飛ばした。 短い悲鳴と、崩れ倒れた姿が視界に入った気がしたが、そんな事には気は向けず。 少年は、泣き叫びながら走り出した。 荒野に埋められたのが幸いで、叫んでいても街の人たちは現れなかった。 彼の走った後には、土に滲んでいく赤い血と、鈍い光を放つ青い宝石が残っている。 小石が足の裏を傷つけても、つまづき倒れ身体中が傷だらけになっても 立ち止まろうとはしなかった。立ち止まれなかった。 後ろは見れなかった、追いかけているんじゃないかと考えると恐ろしくなる。 森が視界に入った、見つからない為にも慌ててそこに逃げ込んだ。 木の枝が身体中に擦れてもまだ足を止まらなかった。 脳内で何度も繰り返される言葉 吸血鬼様、吸血鬼様、吸血鬼さま、きゅうけつきさま… 「ちがうっ!僕はっ…“吸血鬼”じゃなくてっ…僕はぁっ…!!」 全ての世界から隔離された真の異質の生き物―透明人間― 「ちがうっ、ちがう!!僕はっ、僕は、スゥにいちゃんのおとうとでっ…それで…っ」 そ れ で ? 足が止まってしまった。 スゥの弟で…それで?自分は何なんだ? 悪寒が走った。頭痛と吐き気それと目眩が一度に襲ってきた。 向かい合わなかった恐怖がやってきた、気づかないようにしていた事実が…目の前に 「僕はだれ、なのさ…?名前は…なに?」 ガタガタと震える両の手を見つめながら、その場に立ち竦んでしまった。 : : 「名前をやっていないのか」 悠離が眉根を寄せている。 俺は重苦しい溜息をこぼすだけだった。 「元々俺自身、名前のない生活をしていたし、それほど重要にも思っていなかった 名前なんてあってもなくてもいいって…だけど、 あいつに名前を呼ばれるようになってから、内心気づいてた筈だ、 名前がどれほど重要で、どれほど自分を縛り付けるか…なのに俺はあいつに 名前をあげなかったんだ、俺はあいつの肉親の名前を貰ったのに…!」 それが他人の名前でも、俺は嬉しかった、幸せだった。 お前に名前を呼んでもらうのが、大好きだった。 名前の大切さを知りながら、俺はなにもしなかった。 「何が兄貴なんだか…莫迦過ぎるぜ全く…」 「…今は下手に自分を責めるな。自覚がないだろうが、 傷の所為で大分 情緒不安定になっているぞ。まず傷を癒せ。 そうすれば、あの少年の手掛かりを教えてやる。」 悠離は椅子から立ち上がってそう言った。 気休めにもとれるが、俺もその言葉に懸命に頷いた。 その応えに、悠離はフ…と笑った後部屋を静かに出て行った。 俺はベッドに身を沈めた、今はこの傷を治すところからだ。 手の中にあるイヤリングを強く握り締めながら、誓った。 必ず逢うと…、必ず守って幸せにしてやると。 「…名前も考えてやらねえとな…」 今更受け取ってくれるかは判らないが、できればその名で共に生きていきたい。 : : 「名前、僕の…名前は…」 兄がいたとか、いつ頃あの奇妙な連中たちに連れて行かれたかは なんとなく覚えているが、自分の名前は全く思い出せない。 急に怖くなってきた。名前がないというだけで、こんなにも存在が 不安定になってしまった気がする。 もしかして、自分は生まれたときからあの研究室で 死体と並んでいたのではないだろうか、もしかしたら子供の頃の自分なんて 刷り込まれた情報なだけで、本当は存在していなかったんじゃないだろうか… 怖い。そう考え出すと怖くて堪らない。 風に木々が揺れる、その音までも自分を絶望に 追い込もうとしているように聞こえる。 風が木々が、空の闇が、自分の中の誰かが全て…こう告げている ナ ニ モ カ モ ガ ウ ソ ノ カ タ マ リ ・・・ 「イヤだ、そんなの…絶対…嫌だぁっ…!」 頭を抱えこみ必死に昔を思い出そうとするが、目覚めたときよりも 昔のことが思い出せなくて、霧がかかっているというよりも、 もはや消えてしまっているような… 「僕は、ぼくはっ…」 「見つけたぞ、金ヅル!」 「ぇ?ひっ…!!」 悲鳴をあげる前に、足を払われ同時に口を塞がれたまま 地面に勢いよく押し倒されてしまった。 肌に感じるのは、男の骨ばった大きな手。 夜で顔は見えないが、4,5人の影が自分を囲んでいた。 どの影も大きく、巨漢というのが理解できた。 「こいつだよな、あの宝石のバケモノ」 「間違いないこいつだ」 「こいつの涙が宝石に変わるのか…」 「この世のものとは思えない美しさだった、それを売っちまえば 俺たちは一生遊んで暮らせるぜ!」 粗野な笑い声が森の中でこだましている。 どうしてこうなってしまうんだ… 嫌な記憶ばかりが鮮明に思い出される。 群衆の目の前で、辱められ、虐げられ、絶望だけを与えられた。 また、またそんな目に…? 「おーお、震えてるぜ可哀相にぃ」 「だけど泣かないと意味がないからな、どう泣かす?」 「そりゃこんだけ上玉なら手段は一つだろ?」 男の一人が地面に広がった少年の青く長い髪をすくいあげる。 髪を触られただけで不快感が全身に広がる―気持ち悪い…! 「お前なぁ髪が長いだけで女って判断するな、よく見ろ」 「え?…あーあ、こいつ男だぜ」 悠離からもらった紅色の衣を汚い手でめくり、 好奇な目であらわになった下半身をまじまじと見て、残念そうな溜息をついた。 羞恥心と怒りがカッと湧き上がった、しかし抵抗しようにも身体中を 押さえつけられてしまっている。 だけど、もう屈したくは無かった。 口を塞いでる手の平を出来る限り、思い切り噛み付いた。 「ぎゃあっ!」と悲鳴が聞こえた、だけど離しはしない。 骨の感触が歯に伝わるまで、ずっと噛み付いた。 そのまま食い千切ってやろうと残酷な考えも浮かんだが、その前に 他の男に蹴り飛ばされた。 「っつ、ぐっ…!!」 起き上がる前に仲間の一人に、胸元を思い切り踏みつけられた。 「この糞餓鬼!おいっ、大丈夫か?!」 「くっそう、ふざけやがって!」 男は血の流れる手を押さえながら、少年の身体を蹴りつけた。 時折仲間の足も蹴ったが、そんなことは気にも留めず 何度も何度も蹴りつける、少年の身体が何度も上下左右に跳ね上がる。 青い肌が血に染まるまで蹴り続けた。それでもまだ怒りが収まっていないのは 明白だった。飛び出そうなほどに目を見開き、肩が荒く上下している。 男は仲間をキッと睨みつけ、耳障りな大声で叫んだ。 「おいこの餓鬼の左目をえぐれ!!」 「!!」 「目だけでも十分珍しい。もしかしたら、抉ったショックで泣くかもしれねえしな! その後は…豚小屋にでも売って畜生に犯させろ!!」 あまりにも品の無い発言に吐き気がこみあげてきた。 ひょっとしてこいつ等は、あの城にいた偽の吸血鬼たち以下ではないか? どうしてこんな奴らに、バケモノ扱いをされなければいけないんだ? こいつ等はバケモノ以下じゃないのか…!? 怒りがこみあげる、涙なんて溢れもしない、憎しみばかりが渦巻いている。 仲間の一人が懐から、ナイフを取り出した、本気だ。 「い、いいか?や、やるぞ…」 手を噛まれた男は残酷な顔で頷いた。 本当は自分がやりたいと言わんばかりの顔だが、まだ血の止まっていない手は とてもナイフを持てる状態では無さそうだった。 「っ…畜生!離せ、離せぇっっ!!」 無駄と思いながらも、叫び続ける。 身体が悲鳴をあげているが、それよりもこの男たちの言いなりになるのが 好きにされるのが嫌だった、殺意に近い怒りが収まらない。 「だ、黙れ!手元が狂うぞっっ!!」 脅しのつもりだったのか、牽制のつもりだったのか、そうするつもりだったのか 本当に手元が狂ったのか… ナイフは少年の目より少し下の頬骨の辺りに深く突き刺さった。 「あああああああああああっっっ!!!」 悲鳴が止まらなかった。 痛い!痛い!痛い!痛い!!痛い痛い痛い痛い痛いっっっ!!! それしか考えられなかった。 悲鳴と噴出す血に男たちは皆怯え、後ずさった。 どうしようもない痛みに耐え切れず、少しでも楽になりたくて がむしゃらにナイフを抜くと、血がまた噴出した。 痛みに耐え切れず土に赤黒い染みを残してのたうちまわる。 のたうちまわる姿、それにより血に染まっていく周囲、 赤ん坊がひしゃげたような悲鳴、恐ろしくなって男たちは皆走り去った。 もはや金なんてどうでもいい、恐ろしいだけだった。 悲鳴がまだ聞こえてくるも、目の前に見える森の出口に全員が胸の内で安堵した。 しかし―… 『お前らそれはちょっと無責任じゃねえ?』 全員がギクッとなって足を止めた、どこからともなく声が聞こえる。 全てを見透かしているような声に、男たちはまた怯えた。 「な…!どこにいやがる!!」 それでも男たちは必死に虚勢を張り、声の主を見つけようと 辺りをきょろきょろと見渡す。 姿が見えないことに、少しホッとしながらも怯えていると その姿は急に男たちの目の前に現れた。 目の当たりにした何人かは、情けない悲鳴をあげ腰を抜かす。 何人かはまだ必死に虚勢をはっている。 「て、てめぇっ、何者だ!」 「それよりもお前ら、あのコ助けてやれよ、苦しんでるだろ? テメェ等のしたことキッチリ責任とれや」 「う、うるせぇ!あんな餓鬼どうなろうとしるか!!」 男たちの態度に突然現れた男はチッと舌打ちをする。 「ったく、最後のチャンスだったのに、馬鹿だなぁお前等?」 「何言って…!」 「おいっ、こ、こいつ浮かんでる!人間じゃねえ!!」 「ひぃっっ、またバケモンだぁぁっ!!」 その言葉に謎の男は、思い切り顔をしかめた。 明らかにそれは怒りが頂点に達した顔だった。 「テメェ等、本気で救いようのねえ馬鹿どもだなぁ! 逝く前に教えといてやるっ、俺の名前はMZD!これでも神だっ!!」 数人の男の悲鳴の跡、そこに残っていたのは焼け跡だけだった。 「あーあ全く、神様をバケモノ扱いとは、未来は暗いなぁ……さて」 神―MZD―は森の奥に視線をやった。 「早く助けてやんねえと…!」 |
―to be continue― |
神様登場です、もうすぐ中盤後半です。 物語はどんどんと現在へと近づいてきます。 やっとまたスマイルにスポットがあたっていきます。 幻想にしか意識がない人間と、欲にしか目がない人間の 醜さを感じて頂けたら嬉しいです。 +BACK+NEXT+ +CLOSE+ |